「夜間飛行」 ちあきなおみ(1973年)

公の場から完全に姿を消し、今やすっかり神格化された感のあるちあきなおみですが、私が子供の頃、まだ当たり前にテレビの中で見ることが出来た時代の彼女は、何かもっと軽妙というか、子供心にも「彼女が出ていれば楽しい」と感じさせるような存在だったような気がします。
今でもはっきり覚えているんですが、とある公開歌番組で彼女が「夜間飛行」を歌っている時、天井から吊られた巨大な「ヤカン」が彼女の頭上をゆっくりと通り過ぎていくのを見て、ヤカンが!ヤカンが飛行してる!!と言って、一緒に見ていた母親と大笑いした記憶があります。
今となっては信じがたい、身もフタもない演出ではありますが、とにかくそういうことを許す雰囲気(悪い意味でなく)が、その頃の彼女には確かにありました。
ショービジネスの世界を去った悲しい事情といい、歌手としての圧倒的な力量といい、神格化されてしまう条件は完全に揃っているし、そのこと自体に何らの異議もあるわけではないのですが、私の中にほんのりと残っている、

「ゴージャスないでたちで歌もめちゃめちゃうまいんだが、ちょっととぼけた味のある女の人」

という彼女のイメージも、個人的にそっと大切にしたい気がします。
そしてそんな彼女を思い浮かべるとき、私の心に流れるのは、紅白出演時の強烈なパフォーマンスで伝説になった「夜へ急ぐ人」でも、レコード大賞を獲った「喝采」でもなく、この「夜間飛行」なのです。